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萩(毛利氏三十六万石の城下町)

案内図



西に萩城跡が、中央のデルタ地帯に城下町が広がっています。松本川の東側に松下村塾があります。



松下村塾・松陰神社




松陰神社の大鳥居をくぐると松下村塾と吉田松陰が幽囚された杉家の旧宅に、さらに進むと松陰神社へ。

吉田松陰(通称寅次郎)は幕末の尊王論者・思想家で長州藩士でした。
兵学を学び、長崎・江戸に遊学し、佐久間象山に師事しました。

松下村塾の塾生の中から、幕末・明治時代に多くの指導者が誕生しました。
吉田松陰自身は安政の大獄に連座した結果、満29歳で斬首刑に処せられてしまいました。






吉田松陰の実家、杉家の旧宅で、借家だったようです。
安政2年(1955)12月、萩城下の野山獄より出牢した吉田松陰は、ここに幽囚されました。
その後、親族・近隣の者を相手に「孟子」の講義を行い、これがきっかけで松下村塾に発展して行きました。










松陰の教育を受けた門下生達は、後に幕末の京都で志士として活動した者や、明治維新で新政府に関わる者など多くいました。
久坂玄瑞、高杉晋作、前原一誠、木戸孝允(桂 小五郎)、山田顕義、品川弥二郎、野村靖、山県有朋、
伊藤博文、境二郎(斎藤栄蔵)、
飯田吉次郎、河北義次郎、
吉田稔麿、入江九一、・・・






吉田松陰が処刑の前日(*)、両親あてに書いた手紙に書かれていた辞世の句です。*1859年(安政6年)10月20日

「親思う心にまさる親心、けふのおとずれ何ときくらん 寅二(次?)郎」
(筆跡は松陰のもの)

私が思う以上に、両親は私の身を案じてくれているだろう。
私が処刑されてしまったことを両親が知ったら、どんなに心を痛めることだろうか。













萩焼の城山窯(じょうざんがま)




萩焼の特徴は原料に用いられる陶土とそれに混ぜる釉薬の具合によって生じる「貫入」と、使い込むことによって生じる
「七化け」がある。貫入とは器の表面の釉薬がひび割れたような状態になることで、七化けとはその貫入が原因で、
長年使い込むとそこにお茶やお酒が浸透し、器表面の色が適当に変化し、枯れた味わいを見せることである。
素地の色を生かすため、模様は地味だが根強いファンが多く、萩市内界隈には新規を含め、多数の窯元が存在する。
(出展:Wikipedia)





城山窯は萩内でも少なくなった登り窯を用い、昔ながらの手作業でひとつひとつ丹念に作品を制作しています。
萩焼の特徴 : 吸水性、茶馴れ、独特の形・色合い、簡素な装飾




萩焼の歴史は約400年前にさかのぼります。毛利輝元が韓国から陶工を日本へ連れ帰ったことから始まり、
次第に日本文化に溶け込み、独特の味わいをもった今日の萩焼が確立されたようです。

古くから「一楽二萩三唐津」とうたわれるほど、茶人が好んで使う焼き物だそうです。




登り窯
適切な火力で長時間ゆっくりと焼くため、焼き上がりの感触が柔らかく、あまり焼きしまっていないので保湿性があるとのこと。


 

登り窯の内部です。左斜め下から右斜め上方向に火力が伝わる構造のようです。




登り窯の排煙塔が左上に見えます。全部で3本ありました。
この登り窯は、日展を始め数々の展覧会で受賞歴を持つ金子信彦氏の工房です。




萩城下町




呉服町すじ⇒江戸屋横丁⇒慶安川すじ⇒菊屋横丁を巡りました。






幕末期には、桂 小五郎として知られていた尊王攘夷派の中心人物であった木戸孝允の旧宅です。
今回は門の前を素通りでした。




江戸屋横丁です。




萩藩大組士佐伯丹下の旧家で現在まで種々の人に住み継がれてきた屋敷です。今回は門の前を素通りでした。




蘭学者・藩医であった青木周弼の旧宅です。今回は門の前を素通りでした。




江戸屋横町です。




円政寺
高杉晋作、伊藤博文が小さいころに勉強した場所だそうです。今回は鳥居の前を素通りでした。





中級武士であった野田七郎左衛門の武家屋敷です。今回は門の前を素通りでした。




高杉晋作の銅像がある広場です。慶安橋すじと菊屋横丁がクロスする角地にありました。




菊屋横丁です。日本の道・百選に選ばれた美しい道筋でした。右側は白壁が延々と続きます。




このような句が刻まれた竹製の短冊を菊屋横丁で多数見つけました。
(1つ上の写真の左手前に見えます。)




高杉晋作の旧家です。今回は門の前を素通りでした。




総理大臣も歴任した田中義一の旧家です。








菊屋家の沿革・建造物の解説です。読み難くてすみません。









 

 





豪商菊屋家の調度品の数々、当時の勢いを知るのには不足はありませんでした♪







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