高山の町屋は、前側の屋根の高さは約4メートルほどで、屋根は道路の水路まで飛び出ています。

屋根から落ちた雨水がちょうど水路に落ちるよう工夫がされてて、屋根の軒先がきれいに揃っていました。

今は雨を受け止める雨樋が取り付けられ、各家の軒先はあまり揃わなくなりました。

  道路に面した部屋は「ミセ」といって商品を陳列する部屋ですが、80〜90年位前に商店をやめた結果

店に格子が取り付けられ、この格子が高山の町並の特徴となりました。

縦横の直線美と落ち着いた色調は、日本有数の商家群保存地区となっています。

江戸時代から、米市・桑市・花市などの市として発達し、明治の中頃から、農家の奥さんたちによって

野菜がならべられるようになり、朝市とよばれるようになりました。

現在の朝市は陣屋前広場と宮川沿いの二か所にありますが、↑の写真は37年前のもので場所は不詳です。

新鮮な野菜や果物、花など四季折々の楽しみがあります。

もんぺ姿や絣(かすり)姿のおばさんたちの素朴なやりとり、今でも純粋な高山ことばを聞くことができるようです。

茅葺き(かやぶき)民家は飛騨地方でも豪雪地域にあたる北部、旧大野郡白川村・荘川村

旧吉城郡神岡町・宮川村・河合村などに多く見られました。

なかでも白川・荘川の茅葺き民家は屋根が合掌した手の形に似ていることから「合掌造り」と呼ばれています。

現代の飛騨の里では、旧若山家・旧西岡家の「切妻合掌造り」の建物と旧吉真家に代表される

「入母屋造り」の建物を公開していますが、37年前の↑の写真では「入母屋造り」が多いようです。





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