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南禅寺⇒哲学の道⇒熊野若王子神社⇒(醍醐寺)





南禅寺の三門(三解脱門)は、仏道修行で悟りに至る為に透過しなければならない三つの関門(空、無相、無作)を表すと。




この三門は別名「天下竜門」とも呼ばれ、上層の楼を五鳳楼と呼び、日本三大門の一つに数えられています。




開創当時のものは永仁3年(1295)西園寺実兼の寄進によって創立され、ついで応安年間に新三門へと改築されました。
 現在の三門は寛永5年(1628)に再建したものであり、禅宗様式独特の圧倒的な量感と力強さを感じます。





法堂は、法式行事や公式の法要が行われる場所で、創建当時のものは、応仁、文明の乱で焼失しました。
文明11年(1479)頃に復興され、慶長11年(1606)豊臣秀頼の寄進により大改築されたが、明治26年(1893)に焼失しました。
現在の法堂は明治42年(1909)に再建されたものです。





 

三門前右方の巨大な石灯籠は寛永5年の三門落慶の際に佐久間勝之が供養の為に奉献したものです。
高さ6メートル余りあり、大ささでは車洋一といわれ、俗に佐久間玄藩の片灯寵と呼ばれています。




人力車が古都の風情にマッチしていました。




南禅寺から哲学の道方面へ。




南禅寺慈氏院(南禅寺境内を走る鹿ケ谷通沿いにある塔頭寺院)に遭遇。
 「おあしがよる大師」と称される達磨大師像が祀られ、「だるま寺」とも呼ばれていると。





哲学の道に向かう道端には、このような小じゃれた店が点在していました。




白川疎水の端っこ(南端)です。この疎水沿いに哲学の道が伸びています。

 







哲学の道の南端・若王子橋のすぐ近くにたたたずむ熊野若王子神社は、永暦元年(1160)に始まり、
熊野神社・新熊野(いまくまの)神社とともに京都三熊野のひとつに数えられると。








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